10冊から作れる本を作りたいと思ったのは、父の人生のハイライトを、書籍化し、父に読ませてあげたいと思ったのがきっかけでした。

 

物心ついた頃の私は、3000冊以上もの蔵書を持つ、父の書斎で遊ぶのが大好きでした。そんな私の姿を見て、まだ文字も読めない私に箱入りのK談社の絵本を100冊プレゼントしてくれたのも父でした。

 

私が執筆をするようになった時、はたと気づいたことは、そう言えば父は本は好きだったが、1冊も出版していないし、父のことを書いた本もない。

 

父のことを書いたところで、書店に並ばせることはできない。

では、自費出版だったらどうだろう?

そう思って、調べてみると自費出版って案外お金がかかる。

少ない数でも商業出版をさせてもらってきた私は、少なからずとも途方に暮れた。

 

本として成り立ったものでなければ意味がない。

 

しかし、父と家族に読んでもらえるだけの冊数があればよいのだ。

 

それでも、父にインタヴューをし、原稿をまとめたものをデザイナーである妹が昭和初期のような体裁の新聞の形にして、父に読んでもらった。

 

 

その後、信じられないくらいいろいろなことが起きて、父と会うことが叶わなくなり、この昭和の体裁をした「父の新聞」が私たちが父にしてあげらる最後のものとなった。

 

数年後、友人の父が自叙伝を書いたものを、どうにかして本の体裁にしたいという相談を受けた。

余命いくばくもない友人の父が懇を詰めて書いたページはたったの6ページ。

 

さあ!新聞から6ページの原稿へとシフトしたのだから、これを本の体裁へとしていくことができるはず。

 

デザイナーである妹は、友人から数々の写真を取り寄せて36ページの本を作った。

 

本を手にした友人の父は、読んでくれるか?とベッドサイドに座った娘に頼むと、友人は滔々と読み上げた。

 

ありがとう。

 

例えば、人は亡くなって戒名の書かれた位牌や銅像になりたいのではなく、表紙やツカのついた一冊の本になるほうが、ずっと嬉しいかもしれない。人生の中での閃きを、会うことのない末裔の小さな男の子に残しておきたいかもしれない。

 

 

法的な言葉で括られた遺書には書けない思いを、読み物として残しておきたいかもしれない。

 

こんなことから始まった、小さな本創りのアイディアは、

書籍化しておきたいナレッジやセオリーがあっても、商業出版で求められるような冊数を販売する必要はないと思っている著者や著者予備軍のためにも使えるのではないだろうか?

 

編集の段階で、どうしても書いておきたいことを削られることなく、

かなり独断と偏見に満ちているかもしれないけれど、自分のワークの教え子たちや受講生たちに、繰り返し読んでもらいたい。

 

しかも、シリーズで出していけるものであれば、どんどんアップグレードできる。

そんな本が創りたい。

 

私は商業出版にこぎつけた4,5冊の本とは別に、本の体裁をもたない読み物をPDF化して1年ずつ、数年間発行してきたが、そろそろ、こういった読み物も、本の体裁にしてやらなければ、情けない書き手になってしまいそうだ。

 

こんな気持ちや、こんな考えから、書くことが好きな私と、デザイナーである妹が今までやってきたコズミックダンスカンパニーという会社を母体にした出版サービスをはじめようではないか!

 

売れない作家のための小さな出版社

 

そんなものがあってもいいのが

この時代のよいところだ。